昭和20年3月11日、鹿屋基地を24機の「銀河」が、鹿屋初の特攻出撃をしました。
現在、海上自衛隊鹿屋航空基地 史料館前にある二式大型飛行艇は、特攻部隊をはるか約3000 km南のウルシー環礁まで誘導した同型機で、海軍きっての名機です。
以下の行動図は神野正美著『梓特別攻撃隊』から借用しました。一部省略してあります。
この作戦は失敗に終わり、米軍艦隊は3月14日ウルシー環礁を出て、日本に向かいました。
そして、昭和20年の3月18日、都井岬の数百キロ沖合に達した米空母群から飛び立った艦載機により、鹿屋は初空襲を受け大きな被害を被りました。
以下の新聞記事は10年前、高須地区学習センターで開催した「3.18鹿屋大空襲を聞く会」です。
このあと、戦争の体験談を聞く会は鹿屋市平和学習ガイドに引き継がれ、今年も3月15日に東地区学習センターで開催されました。
(文責:小手川清隆)