永井彦熊著『落日後の平家』の中で、特に詳しく書かれていて印象に残るのが、垂水市牛根地区の安徳天皇にまつわる伝説と関連する文化財です。

この本によりますと、母方祖母の二位尼(平時子)と一緒に壇ノ浦の急流に身を投じたとされる安徳天皇は、実際は薩摩硫黄島を経由して、7歳くらいの頃に大隅の牛根に漂着されたと地元に伝わっています。その後、7人の山伏が尋ねてきた時に、追手と思ったお世話をしていた農夫らが安徳天皇を逃したら、麻の刈り株で怪我をされたのが原因で、13歳で亡くなったとされています。しかし、これは安徳天皇を牛根で安穏に暮らしていただくための作り話であろうと著者の永井氏は書いています。肝付氏の庇護もあったようで、安徳天皇は68歳まで長生きされたと四十九所神社旧記には書かれているそうです。

全国には10を超える安徳天皇陵の伝説地がありますが、その中に垂水市の牛根も含まれています。牛根では安徳天皇の墓とは言わず、陵(みささぎ)と言っています。
海岸通り(国道220号)から山側に細い道を300mくらい進むと駐車場があり、その近くの細い舗装道を案内板に従って数分歩くと陵に着きます。地元の自治会の方々が定期的に清掃しているので、道も陵もきれいに整備されています。

海岸通りに面して、安徳天皇を祀る居世(こせ)神社があります。居世は、平家が重んじた伊勢神社をなぞらえた名称と言われています。ここは安徳天皇が漂着された海岸の近くにあり、鳥居からは目の前に桜島が眺められます。

牛根の安徳天皇伝説と関連の文化財については、ホームページ松ヶ崎散歩 鹿児島県垂水市松ヶ崎の歴史と文化財に分かりやすく書かれています。文化財の場所を示す地図も付いています。以下の資料も本ホームページから借用しました(一部加工)。