薩摩藩では、1866年(慶応2年)に開始された廃仏毀釈のはるか前の1597年(慶長2年)から、1876年(明治9年)に至るまで約300年間の長きにわたり一向宗(浄土真宗)を禁制にしていました。

信者は「講」という秘密組織をつくって、土蔵の2階や山中の洞穴(ガマ)に夜間集まり、ご本尊の阿弥陀仏を拝みました。この「隠れ洞穴」「念仏洞」と呼ばれる洞穴が、今でも県内数か所に史跡として残っています。

大隅にはたくさんの「かくれ念仏洞穴」がありました。例えば鹿屋市の花岡地区には3ヶ所にあったそうです(『大隅』誌の第50号75頁)。


現在、道や案内が整備されて行きやすいのは、吾平町黒羽子(くろはね)にある「かくれ念仏洞穴」です。
黒羽子観光農園に入る道を、「かくれ念仏」と書かれた案内板に従って進むと、道に迷うことなく黒羽子の「かくれ念仏」洞穴に近い駐車場まで行き着きます。

 

駐車場から、洞穴までは片道15分くらいの山歩きがあります。山道は、有り難いことに、以下の新聞記事のように地元の人達が年に4回も整備して下さるので歩きやすいです。

 

しかし、靴と衣服が汚れることを覚悟して、手袋と懐中電灯を持って2名以上で行かれることをお勧めします。雨の日は、坂道がぬかるんで滑りやすいので、行くのを取り止めにしたほうが良いでしょう。

 

以下の写真が隠れ念仏洞穴の入口です。最近は、安全のため洞穴に入るのを控えるようにと案内板に書いてあります。

 

以下の写真は隠れ念仏洞穴の内部です。以前は懐中電灯を持って、狭い入口から身を屈めて洞穴内に入れました。入口から右手に数メートル進んで突き当たると、左手に8畳くらいの広さの空間があり、ここで一向宗の信者たちが集まって祈りました。須弥壇跡には後世の人が置いた石仏と南無阿弥陀仏と書かれた石碑などがあります。周囲の火山灰起源の岩は柔らかく、天井には人が掘ったような穴もあります。地面は濡れています。




(文責:朝倉悦郎、2025.01.30に加筆)